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インタビュー「Beyondスロー その先にあるもの」 SLOW GELATO 土井愛さん:日々の営みからつくる、とびきりのジェラート
2019 12/12 Thu
NPO法人スローレーベルの賛助・寄付会員のみなさまのために、ほぼ毎月更新しているインタビューシリーズ「Beyondスロー その先にあるもの」。SLOW LABELの活動に参加したり携わることで、変化を経験してきた方にお話を聞いています。今号では、全ての方にお読みいただけるよう、普段は毎週更新している記事を一挙に公開。NEWSページにも全文転載して、全ての方に読んでいただけるようにしました。
熊本の福祉法人愛火の会 野々島学園の中にあるカフェSLOW GELATOで日々、おいしいジェラートをつくる土井愛さんのお話を、どうぞお楽しみください。
Beyondスロー
SLOW GELATO 土井愛さん:日々の営みからつくる、 とびきりのジェラート 第1話
今回のBeyondスローの舞台は、熊本県合志(こうし)市。
熊本市に隣接したベッドタウンで、豊かな農地も広がる合志市で作られているジェラート
「SLOW GELATO(スロージェラート)」にフォーカスを当てます。
お話を伺うのは、SLOW GELATOを製造する福祉施設、野々島学園で働く土井愛(めぐみ)さんです。
くるくると忙しく立ち回る合間を縫って、優しい笑顔でインタビューに応じてくださいました。
#熊本の郷土料理がジェラートに
SLOW LABELが野々島学園と共同プロデュースするSLOW GELATOは、季節の果物や野菜など、熊本の地元食材を使用したオリジナルのジェラートです。「こだわりミルク」や「いちご」といったオーソドックスなフレーバーもありますが、「煮込みトマト&ジンジャー」や「桑の実ミルク」、「梅干しハニーミルク」といったユニークなものも。愛さんはというと、「ご汁&大豆プラリネ」フレーバーが特に印象的だったようです。
「すごく個人的な話で申し訳ないんですけど、ご汁がもともと好きで実家にいたときよく食べてたんです。『ご汁がジェラート!?』みたいな感じで半信半疑だったんですけど(笑)」
ご汁は「呉汁」とも書きますが、大豆を水に浸してすり潰したものを味噌汁に入れた熊本の郷土料理。熊本のほかにも、九州や北陸など日本各地に微妙に作り方が異なるご汁が伝わっているようです。
#プロクリエイターがレシピを考案
「基本的に変わり種の味って美味しくないイメージが私のなかにあって、だから絶対に冒険しない主義だったんですけど、ご汁ジェラートは冒険してよかった(笑)。大豆のツブツブ感もあって、ちゃんとご汁らしいんです」
そんな絶妙なマッチングを考案しているのは、ケータリングや飲食店向けのメニュー開発を行うフードデザイナーの「モコメシ」こと小沢朋子さん。日本を代表するインテリアデザイナーの剣持勇が創設した剣持デザイン研究所での勤務経験もある異色の経歴の持ち主です。モコメシさんのレシピに、SLOW LABELではおなじみ、サファリさんの温かくも洗練されたアートディレクションもあり、今では大手雑誌のジェラート特集にも掲載されるほどです。東京でも『ミナ ペルホネン』が運営するセレクトショップ「call」で販売されています。
「『こんな田舎のジェラートがcallさんで販売されてるんですね!』って言ってくださるお客さんもいて。田舎でもここまでのクオリティのものが作れるっていうのと、それを実は障害のあられる(施設)利用者さんが作っているんだという、誇りみたいなものはすごく感じます」
#ここだから生み出せる味を
全国でもトップレベルのジェラートを製造しているのが自閉症の方々だと聞いても、SLOW LABELの活動を知る読者の方々なら、きっとすんなりと納得してくれるかと思います。自閉症については、今まさに研究が大きく進んでいる最中で、以前には細かく分類されていた診断名を統合して「自閉スペクトラム症」や「自閉症スペクトラム障害」と呼ばれることが多いですが、ここでは耳馴染みのある自閉症という呼称を使うことにします。
自閉症の方々が多く利用している福祉施設、野々島学園の理事であり愛さんのパートナーでもある土井章平さんと、SLOW LABELの栗栖良依さんが出会って意気投合した結果、この素敵なスロージェラートが生まれたとのこと。次回は、野々島学園でのジェラート作りの1日についてお聞きします。
Beyondスロー
SLOW GELATO 土井愛さん:日々の営みからつくる、 とびきりのジェラート 第2話
#野々島学園SLOW GELATOの1日
SLOW LABELがプロデュースに携わる「SLOW GELATO」。実際にジェラートを製造する福祉施設の野々島学園では、主に自閉症の利用者さんたちが日々働いています。学園の職員として、利用者さんと一緒に現場に立つ土井愛さんに、ジェラート作りの1日についてお伺いしました。
「朝はまず、食器を消毒するなど、利用者さんが作業するにあたっての前準備をします。8時過ぎくらいから利用者さんの送迎のために出発します。9時ごろに利用者さんと一緒に学園に戻ってきて、連絡帳チェックなどを行い、実際にジェラート作りの作業をするのは10時くらいからです」
常時3〜5人ほどの利用者さんが働くこともあり、他のメンバーの言動に少し引っかかりを持ってしまう人もいるそうで、そのもやもやを家で解消できなかった場合などに、ご家庭の方と連絡帳を使って情報共有を行うそうです。その情報をもとにコミュニケーションのもつれを解いて、利用者さんが働きやすい環境を整えるのも愛さんの役目です。
「利用者さんに『どんなところが気になりましたか?』と聞いて状況を整理し、『誰々さんはこういう意味で言ったんだと思いますよ』など伝えます。会話だけで難しい場合は、紙に文字で書いて説明した上で最後に一緒に読み上げて、利用者さんも『じゃあスッキリしたー』みたいな」
#日中はカフェも切り盛り
そうしてスッキリした後、ジェラート作りは始まります。ミルクの計量や野菜の下処理など、利用者さんそれぞれに得意な作業だったり、逆に苦手だから上達してほしい作業だったりがあり、「今日はこの仕事でいいですか?」という確認とともに担当を割り振ります。12時から13時までが給食、愛さんもみんなと一緒にお昼を取りますが、併設しているジェラートを販売するカフェはその時間も開けているそうです。
「食堂からカフェが見える状況にあるので、車がやってきたらダッシュで行く(笑)。ちょっと口がモゴモゴしている、みたいな(笑)。基本的に車でいらっしゃるお客様が多いんですけど、たまにイレギュラーで近所の方が徒歩でいらっしゃると見落としてしまったりして、外にいた利用者さんが教えに来てくれたりします」
せかせかしていない自然な感じがいいですね。昼食後はまた15時までジェラートを作り、利用者さんは帰宅しますが、愛さんはシメの作業や学園全体の終礼などもあって、自宅に着くのが21時ごろ。毎朝7時に家を出るとのことで、なかなかにハードな日々です。そんな愛さんですが、野々島学園で働く前はまったくの別業界、福祉の勉強なども一切したことがなかったそうです。
#一歩づつ、積み重ねてきた
「すごく恥ずかしい話なんですけど、自閉症という言葉も聞いたことがなかったくらい。でも先入観がなかった分、野々島学園で教えてもらったことがすべてで、それを試せば上手くいくという感じで、私の場合はよかったです。もちろん学校に行っていた方がベースの知識があっていいんですけど」
一口に自閉症といっても「スペクトラム」の名前の通り個性は千差万別。同じ利用者さんとの長い関係のなかで学園が蓄積してきたノウハウが有効なのもうなずけますね。とはいえ、今も忙しいなか、障害に関する本を読むなど勉強にも余念がない様子です。
「字が大きいのしか読まないんですけどね(笑)。最初は学園に入ったときにおすすめされた本をいくつか読んでみて、この人のこの考え方は気になるというのがあったら、その著者の本を攻めるって感じです(笑)。インターネットの口コミも、半分信じて半分疑いながら参考にしています」
お話を伺っていると、自分の手の届くところから一つ一つ丁寧に確かめながら前へ進んでいく様子が目に浮かび、利用者さんにとっても信頼を寄せられる相手なんだろうという印象を受けました。利用者さんとの関係についても詳しく聞いてみましょう。
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SLOW GELATO 土井愛さん:日々の営みからつくる、 とびきりのジェラート 第3話
#とび込んだばかりの野々島学園で
SLOW GELATOのジェラートづくりとカフェの運営を日々手がけている野々島学園の土井愛さん。学園で働くようになるまでは、福祉の仕事とはまったくの無関係だった愛さんは、自閉症の方が多数を占める利用者さんとどのような関係を築いてきたのでしょうか。お仕事を始めてすぐのころは驚くこともあったようです。
「びっくりしたというか感激したという感じなんですけど、まだジェラートショップのオープン準備をしていたころで時間に縛りのない事務仕事が多かったんですね。そんなとき、ある利用者さんが『めぐみさん、お昼一緒に食べよう』って言ってくださったんです」
まだ新しい職場に戸惑いもあった頃。誘いがとてもうれしいけれど、遠慮もあり、食事の前にもう少し仕事をしなければと思った愛さん。
「『ありがとうございます!でももうちょっと時間かかるから先に食べててください』と私はお声かけしたんですけど、仕事がひと段落して行こうとしたらその方が待っててくださったんですよ。すごく純粋というか、嬉しいという気持ちと申し訳ない気持ちと。今ならもうちょっといい声のかけ方があったんじゃないかと、ささいなことなんですけど私のなかでは忘れられないできごとです」
#まっさらな状態から、向き合った
「最初が何も分からなかったから、自分の中では一回ぎゅーんと成長したと感じています。自己満足ですけど。でもそこでも限界があって、また今は壁を感じています。3年の壁(笑)。もっと利用者さんそれぞれに適した接し方があるんじゃないかと、別の角度の本を読んだりして、模索しています」
愛さんはそう言いますが、インタビューでは利用者さんとの良好な関係がうかがえるエピソードもたくさん出てきました。ジェラートの味見についての話もその一つ。野々島学園ではジェラートが完成すると、製造した利用者さんたちが一番に味見をすることができます。しかし、暴言や暴力で他の利用者さんを困らせたメンバーは味見をすることができません。
「味見が楽しみになり過ぎてジェラートの機械を動かした瞬間、片付けも忘れてスプーンを持って味見を待ってる、みたいな(笑)。そこはメリハリつけたいので、ちゃんと頑張った人だけが味見をできるということにしました。でも、いきなり味見できないとなると絶望感がものすごい利用者さんがいたので、じゃあ『味見がスプーンじゃなくて爪楊枝になります』って(笑)。今ではその利用者さんも、味見ができなくなることに納得できています」
#その人にあわせて、楽しく、わかりよく
ジェラート作りを通して、利用者さんにとっても良い変化があるようですね。他の人の失敗を許せなくて強く責めてしまう傾向がある利用者さんにも、愛さんが「『ドンマイドンマイ』って言おうよ、責めるんじゃなくて励ました方が美味しいジェラートできるよ」というように促した結果、最近は他人の失敗にも「そういうこともあるよ」と言うようになったそうです。
「『じゃあ、あなたがミスしたとします。私が責めたとします』って例え話を出すと、『それは嫌!ドンマイの方がいい』ってなって。例え話はあんまり伝わらないって本にも書いてあるんですけど、意外と理解してもらえたのでよかったです。(学園に)入ったときに言われたんですけど、同じ自閉症でも利用者さん利用者さんによって違うから、一人一人に合った支援方法を探していかなきゃいけないって。当たり前のことなんですけど」
インタビュー中も手振りを交えながら、丁寧に質問に答えてくださる愛さん。ご自身ではまだまだ勉強中とおっしゃいますが、真摯に接する愛さんの熱意が伝わって、利用者さんにも着実に影響が見られているのだと感じます。
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SLOW GELATO 土井愛さん:日々の営みからつくる、 とびきりのジェラート 第4話
#SLOW GELATO 3周年!
SLOW LABELが、福祉施設の野々島学園と共同プロデュースするSLOW GELATO。野々島学園で働く土井愛さんは、このジェラートをきっかけに初めて福祉の仕事に携わりました。2016年7月にオープンしたSLOW GELATOの3年間は、愛さんにとっても野々島学園の利用者さんにとっても成長の3年間だったようです。
「意外とっていう言い方はおかしいんですけど、カフェにお客さんがやってきて私が接客した後、ジェラートの製造室に戻ると、利用者さんたちが『お客さん何味食べたの?何て言ってたの?』って気になるみたいで。自分が食べて美味しいで終わらないで、他の人も美味しいって言うかすごく興味があられるみたいで」
自閉症の方々に対して一般にいわれる、興味や関心の幅が著しく限られる傾向と、自分の作ったものを他人がどう評価するかを気にするというのは、確かにギャップがありますね。それだけ人によって異なるということもあるのでしょうが、ジェラート製造室とカフェが隣接していて、小窓を通してお客さんが実際にジェラートを食べている様子を見ることができるというのも関係あるのかもしれません。
#接客を担当する愛さんには、小さなプレッシャー?
「ジェラートの発送作業をしていても『何県に送るの?』とか『その人は何て言うかな?』って言われたりして。『んー、ちょっと分かんないけど、たぶん美味しいとは言ってくれると思うよ』みたいな(笑)。土日も利用者さんはお休みなので、週明けに『お客さんたくさん来た?』って皆さん結構言うんですよね。売り上げを問われている気がして、私には小さなプレッシャー(笑)。雑貨も頑張って勧めてみたりして(笑)」
カフェを訪れるお客さんと、モコメシさんなどのプロフェッショナルの人々、そして実際にジェラートを作る利用者さんたち、その三者の結節点にいる愛さん。ちょうつがいのように、愛さんがしっかりとカフェにいることで、みんなの頑張りがジェラートというかたちで結実しているのだと思います。
「店頭にいるので、お客様の感動を私が一番受けるわけじゃないですか。なので、私がちゃんと皆さんのすごさをお客様に伝えられると嬉しいなと思います」
#いがいな叶いかたをした夢
野々島学園で働くまでは福祉とは無縁だったという愛さんは、小さいころから自分のお店を持つことが夢だったそうです。その後、服飾の仕事に興味を持ち、服を作ることができるということからブライダル業界でドレス作りの仕事につきました。今の日常が、思い描いてた人生とはまったく違うかというとそうでもなく。
「中学生のころは、なんとなく雑貨屋さんがいいかなって思っていたんですけど。実は、『ミナ ペルホネン』の皆川明さんの本を読んで、お洋服の仕事に興味を持ったんです。今、ジェラートや雑貨のお店をやって、そのジェラートが『ミナ ペルホネン』のセレクトショップで売られたりしていて。あれ? 結果、夢、叶ってんじゃない?って(笑)」
お読みいただきありがとうございました!